宇都宮市在住の関口国光氏から寄贈された「大愚狂人」が手掛けた地域史に関わる資料を中心とした文庫です。
「大愚狂人」とは、県内の小字名を調査し書き上げた『下野小字名鑑』をはじめ県内の歴史研究において多くの功績を残した人物ではあるものの、本名や経歴が分からなかったため、『角川日本地名大辞典 9 栃木県』には「本名不詳」と掲載されるなど謎の人物となっていました。しかし、平成17年度、栃木県立博物館に寄贈された「関口光遠・琢磨関係資料」によって、「大愚狂人」と関口琢磨氏が同一人物であることが分かりました。

■関口琢磨(大愚狂人)氏略歴
1870(明治3)年3月20日、旧足利藩士関口光遠の次男として栃木町に生まれる。幼少期を宇都宮町で過ごした後、栃木町に戻り授業生(補助教員)として生活を送る。この時期、県内各地を歩きながら地域史の研究を進める。1905(明治38)年から栃木県に入庁した後も調査研究は継続し、1921(大正10)年には栃木県史蹟名勝天然記念物調査会書記(兼務)を任命されている。その後も、1936(昭和11)年に亡くなるまでその研究は続き、その多くの研究成果は当文庫で確認できる。
関口琢磨氏写真(栃木県立博物館蔵)